懐かしい春ちゃんの声

エーコンクラブのハワイ遠征。試合の合間に行ったワイキキの浜辺。二人とも若い、あれから35年、懐かしい写真だ』

先週の土曜日、法政時代の同期の八ちゃん(岡本恒夫)から電話が入った。
『お前と話したいのがいるから代わるよ!』と言って代わった人が『俺だよ、、俺、俺だよ』と何度も繰り返す、、、。
どっかで聞いた声だ。
ひょっとして春口かな?と思って

春ちゃん?』と言ったら、

『そうだよ!』


あの問題があってから電話しづらく連絡をしていなかったのだ。
あの問題から早いもので一年が経つ。
音信不通を詫びた!
電話をしよう、しようと思いながら彼の心境を考えると言葉が見つからず、電話が出来なかったのだ。


彼とは学校は違ったが同期生だ。
初めて知ったのは大学3年生の夏合宿の日体と法政との練習試合、、、。
小さい選手でフランカー、、、。
凄いスピードで法政の俊足ウイングを振り切った選手がいた。
それが春ちゃんだった。
バネの塊だった。


卒業して2年目に僕が所属していたエーコンクラブの朝練習で再会した。
ハワイ遠征の出発前だった。(環太平洋クラブ選手権)
僕はこの練習で初めて肉離れを起したのだ!
彼はテーピングが普及していない頃からテーピングの技術を持っていた。
遠征中、彼からいつもテープを巻いてもらった。
しかし、彼からもらったパスが足下に来た時、再度肉離れを起し、試合をせずに帰国した。
先日の電話でも『お前、試合何にもしてなかったな!』と言っていた。自分のパスが原因だったのを彼は完全に忘れていた。
近いうち、秋田の温泉に来る事を約束した。

リーグ戦7部だった(確か?)関東学院をあすこまで作り上げた彼の情熱を友人として誇りに思う。
朝から夜までグランドで小学生、中学生、高校生、大学生を指導し、地域に貢献しあの歴史を築いたと言う。
その話を温泉にでも行ってじっくりと聞きたいと思っている。
彼の元気な声を聞けて本当に嬉しかった!
復活を願っている。

『私の右足のテーピングは彼が巻いてくれたもの、痛々しい)左は同じ肉離れをして同室だった東郷氏(早稲田OB)』


【思い出して追加】

そのハワイの免税店に数人で行った時、日野氏(早稲田OB)が偶然お店にいた女性を明日の試合に招待したいから一番後輩だった僕に『行ってこい』と言った。
誰かも解らず先輩に言われるままにお誘いした。
『折角ですがすみません。今晩帰国するんです』と丁重に断られた。
日本に帰ってからテレビを何となく見ていたら歌謡番組でその人が歌っていたのです。
その方の名は当時人気絶頂の【あべ静江】さんでした。
知ってたら声をかけれなかったですね!

日野氏(早稲田OB)は知っていたようですが、、、。